【本記事について】
本記事は、GRMのユーザーカンファレンス「OED2018」で発表されたプレゼンテーション「Structural Engineering in the Fluid Environment of the America’s Cup」(David Jonson, Martin Gambling著)の要点を抽出し、日本のエンジニア向けに解説した紹介記事となります。マニアック過ぎるため、要約しています。
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最高時速85km/h(約46ノット)に達する「水上のF1」、アメリカズカップのAC50クラス・ハイドロフォイリング・カタマラン(双胴船) 。 この極限のレースにおいて、勝利の鍵を握るのはセーラーの腕だけではありません。風と水という異なる流体環境の中で、いかにして最適な構造を造り上げるかという「エンジニアリングの戦い」なのです 。
開発期間と物理テストの機会が厳しく制限される中、「One chance to get it right(一発で正解を出す)」ことが要求されます 。本記事では、Land Rover BARチームの技術発表を基に、複合材の最適化から高度なFSI(流体構造連成)解析、そしてALE(Arbitrary Lagrangian-Eulerian)を用いたハイドロフォイルの限界設計まで、最前線のCAE主導開発のアプローチを紐解きます。
空中(AERO)と水中(HYDRO)の異なる流体から同時に強烈な負荷を受ける。まさに「水上のF1」と呼ばれる所以である。
本事例の要点:極限流体環境のCAE設計
- 物理テスト不可の領域をFSIで突破: 熱サイクルによる表面メンブレン(Clysar)の変形が空力に与える影響を、高忠実度な流体構造連成(FSI)解析で予測 。
- ALE(任意ラグランジュ・オイラー法)の活用: 水と空気の混相流において、ハイドロフォイル(ダガーボード)の突入やリバースロード時の複雑な流体挙動を可視化 。
- 徹底した重量削減と剛性コントロール: ウィングセイルのフラップ構造において、中間ヒンジの有無やリブ形状の最適化を行い、ねじれ変形と重量の極限のトレードオフを追求 。
ウィングセイルの設計:ヨットの「エンジン」を最適化する
AC50の推進力を生み出すウィング(翼帆)は、メインエレメントと3つのフラップエレメントから構成される巨大な構造物です 。空気抵抗を最小限に抑えつつ、推進力を最大化するためには、このフラップの「ねじれ(Twist)」と「変形(Deformation)」を精密にコントロールする必要があります 。
フラップ構造の最適化と中間ヒンジのジレンマ
フラップの構造設計において、重量(Weight)と後縁の変形量(TE Deflection)は常にトレードオフの関係にあります 。設計チームはNX Nastranの最適化機能を活用し、リブ(骨組み)の形状最適化や積層の最適化を実施しました 。
特に興味深いのが、「中間ヒンジ(Intermediate Hinge)」の採用に関する検討です 。
剛性を確保するためのヒンジ追加は、重量増と応力集中のジレンマを生む。CAE最適化によるバランスの見極めが必須となる。
| 中間ヒンジ 無し (No Intermediate Hinge) | 中間ヒンジ 有り (With Intermediate Hinge) |
|---|---|
|
|
最終的に、ヒンジを追加することで曲げ変形を抑制できるメリットは大きく、最適なバランスを導き出すためにシミュレーションが不可欠であることがわかります 。
高忠実度FSI(流体構造連成)解析:熱変形が空力を変える
ウィングセイルの表面には「Clysar」と呼ばれる熱収縮性のフィルム(メンブレン)が張られています 。 実際の運用において、このフィルムは太陽光による「熱サイクル」を受け、時間とともに張力が変化し、形状が膨らむ(バルジする)現象が発生します 。
これが空力性能に与える影響を予測するため、FEA(有限要素解析)とCFD(数値流体力学)を組み合わせたFSI(流体構造連成)シミュレーションプロセスが構築されました 。
- Pre-loading: 熱収縮やケーブルの事前張力をFEAでモデル化 。
- CFD Flow Simulation: 予測された変形形状を用いてCFDで空気力(圧力・モーメント)を計算 。
- Mapping: CFDの表面圧力をFEAモデルにマッピングし、実稼働時の変形を再計算 。
熱サイクルを繰り返すことで表面が外側に膨らみ(バルジ変形)、これが局所的な流速変化とサクション(負圧)増大を招く。
解析の結果、熱サイクルが進むにつれてメンブレンが外側に膨らみ(最大66mmの変形)、その凸形状に沿って空気が加速することで局所的な負圧(サクション)が増加し、空気力学的な特性が予期せず変化してしまうことが明らかになりました 。物理テストでは測定困難なこの現象を、シミュレーションによって開発段階で把握できたことは極めて重要です。
ハイドロフォイルのALE解析:水と空気の境界を解く
ヨットを水面から浮き上がらせる「ハイドロフォイル(ダガーボード)」は、構造的に最も過酷な負荷を受ける重要部品です 。 特に、想定外の操作による「リバースロード(逆荷重)」イベントのシミュレーションは、安全性の担保に直結します 。
ここで用いられたのが、ALE(Arbitrary Lagrangian-Eulerian:任意ラグランジュ・オイラー法)による流体モデリングです 。
水と空気のマルチマテリアル領域(オイラー網)に対し、構造物(ラグランジュ網)が相対速度を持って突入する非線形過渡現象をシミュレート。
- 水と空気のマルチマテリアルを定義し、自由表面の波立ちや混ざり合いをシミュレート 。
- 前進速度(20ノット)を持った流体の中に、ダガーボードが突入(7.2m/s)する過渡的な挙動を計算 。
メッシュサイズと計算時間の壁
ALE解析における最大の課題は、メッシュサイズ(要素サイズ)の感度です 。 抗力(Drag Force)を正確に予測するため、要素サイズを80mmから10mmへと細かくしていくと、予測される抗力は劇的に変化(80mm=584kN → 10mm=17.8kN)し、最終的には5mmレベルのメッシュが必要であることが判明しました 。
80mm,40mm,10mmを比較し、40mm以下のメッシュサイズであれば流体の挙動を再現できることを確認した。
80mm,40mm,10mmを比較し、抗力に大きな違いが現れることを確認した。最終的に5mm以下のメッシュサイズが必要であることが判明した。
しかし、10mmメッシュの時点で計算時間は30時間を超えており 、実用的な時間で解を得るためには「アダプティブメッシュリファインメント(計算中に必要な部分だけメッシュを細かくする技術)」の導入が必須となるという、最前線ならではの生々しい課題が示されています 。
まとめ:AC36、そしてその先へ
物理テストができない環境下において、複合材の構造最適化から、非線形なFSI解析、そして水面を考慮したALE解析まで、あらゆるCAE技術を総動員して「未知の領域」を切り拓く 。これがアメリカズカップという頂上決戦の裏側で行われているエンジニアリングの真髄です。
次世代のAC36(66フィートのフォイリング・モノハル)では、シミュレーションへの依存度はさらに高まりました 。GRM Consultingは、こうしたモータースポーツや最先端マリンエンジニアリングで培われた最高峰の最適化技術とFSI解析のノウハウを、あらゆる製造業の開発現場へと提供しています。
「流体と構造が絡み合う複雑な現象をどう解決すればいいかわからない」「手戻りをなくすCAE主導設計を取り入れたい」という方は、ぜひ一度GRMにご相談ください。
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「現状のモデルを見てほしい」「テスト解析を依頼したい」など、技術的なご相談からでも大歓迎です。
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※技術のご相談は各事例モデルの解析担当者に対応させます。
この記事の監修・執筆チーム
GRM Consulting株式会社 解析エンジニアリング部
モータースポーツ最高峰のF1から量産車開発まで、20年以上にわたり構造設計・衝突・振動・流体解析に携わるスペシャリスト集団。 単なるシミュレーション結果の提示に留まらず、本記事のような高度な衝突解析を得意とし、衝突課題まで含めた最適化解析を提案しています。
- 主要ツール:LS-DYNA, Abaqus, Genesis, Nastran, OptiAssist, Simcenter 3D
- 専門領域:構造最適化、衝撃エネルギー吸収体最適化、CFRP複合材解析、衝突解析、CFD解析
