About This Case Study
本記事は、GRMユーザーカンファレンス(2016年開催)にて発表された講演資料を基に、自動車のBIW(ホワイトボディ)設計における「構造用接着剤の配置最適化」について要約・解説したものです。
- テーマ: Adhesive Placement Optimisation in BIW Design
- 発表者: Barry Curtis 氏(SAIC Motor UK Technical Centre)
本記事の重要ポイント(Executive Summary)
- 接着剤使用のジレンマ:
スポット溶接に構造用接着剤を追加すると剛性は劇的に向上するが、全てのフランジへの適用はコスト増を招くという課題。 - 最適化アプローチ:
CAEを用いて「剛性を維持しつつ板厚を薄くできる接着剤の最適配置」を探索。 - コストと質量の逆転現象:
接着剤を追加するコストよりも、板厚ダウンによる鋼材コストの削減額が上回ることを実証。約50%の接着剤配置で最大のコストメリットと約10%の質量削減を達成。
自動車ボディ(BIW)設計における接着剤の役割と課題
近年、自動車開発における安全基準の強化や快適装備の充実に伴い、車両重量は増加傾向にありました。一方で、燃費改善およびCO2排出量削減の観点から、車体構造であるBIW(ホワイトボディ)の軽量化は避けて通れない技術課題となっています。
軽量化の手段として高張力鋼板(ハイテン材)の採用率が増加する中、接合技術として「構造用接着剤」の活用が注目されています。
テストピースでの試験において、スポット溶接のみの接合部に対し、構造用接着剤を併用した場合、以下のように劇的な剛性向上効果が見込まれます。
- 剥離(ピール)剛性:約4倍
- 垂直ねじり剛性:約1.5倍
- せん断剛性:約5倍
- 水平ねじり剛性:約2.2倍
しかし、設計現場には大きな課題が存在します。接着剤をBIWの全ての溶接フランジに適用すれば性能は上がりますが、製造コストが許容範囲を超えてしまいます。また、どの部位にどれだけの接着剤を配置すれば、目標とする車体性能に最も効率良く寄与するのかを、エンジニアの経験と直感だけで予測することは極めて困難です。
SAICによるCAE最適化アプローチ
この課題に対し、SAIC Motor UK Technical CentreはCAEを活用した最適化スタディを実施しました。目的は、「BIW構造のどこに、どの程度の接着剤を追加すれば、コストを増加させることなく板厚を薄くし(ダウンゲージ)、軽量化を達成できるか」を明らかにすることです。
最適化モデルと条件設定
解析には実績のある3ドア車両のCAEモデルが使用されました。最適化の目的は「質量(Mass)の最小化」です。
設計変数として、変更可能なパネルの板厚を設定しています。製造上の制約を考慮し、板厚の変更は連続値ではなく、既存の鋼板ラインナップ(0.65mm〜5.0mm)に基づく離散値(Discrete thickness values)で行われます。なお、意匠面(アウターパネル)や特定の衝突性能によって板厚が決定される部品は、最適化の対象から除外されています。
曲げ・ねじり剛性や各種衝突試験を想定した荷重ケースを設定し、最適化の境界条件として定義しています。
性能を担保するための制約条件(Constraints)として、以下の要件が設定されました。
- 1次モード(固有振動数): 下限値(Lower bound)として制約。
- その他の静的荷重ケース(曲げ、ねじり等): 全体的なひずみエネルギーを上限値(Upper bound)として制約。
- 衝突の荷重については線形荷重へ置き換えて計算。(GRM製ツール)
そして最大の特徴が接着剤のモデリングです。BIWのすべてのパネル接合部にソリッド要素として接着剤を定義し、トポロジー最適化を用いて「目標性能の達成に不要な接着剤」を削ぎ落としていく手法を採用しました。また、スポット溶接間に不自然に接着剤が分散することを防ぐため、接着剤は100mm単位の設計領域に分割され、領域単位でオン・オフが制御されています。
BIWに接着材が塗布可能な範囲全てに配置された接着剤のFEモデル。
接着剤の使用率と質量の関係
ベースラインとなる「スポット溶接のみ」の状態に対し、接着剤の適用範囲(カバレッジ)を段階的に変化させた最適化計算が行われました。
- 接着剤25%配置: 主要な接合部(ジャンクション)を中心に配置され、BIW質量は6.9%の削減。
- 接着剤50%配置: 複雑な形状の部位を補強するように配置され、BIW質量は10.0%の削減。
- 接着剤75%配置: 50%の状態から領域が拡張されるが、ルーフ中央やロングメンバーの中央部などには配置されず、質量の削減効果は10.7%と頭打ち傾向に。
接着剤の配置率が上がるにつれて板厚が減少(青色方向)していく様子が確認できます。
解析結果から、最初の50%の接着剤配置が質量の削減(10.0%)に最も大きく寄与し、それ以上接着剤を増やしても質量削減の伸び代(追加で1.7%程度)は小さいことが判明しました。
コストと質量の逆転現象
このスタディで得られた最も興味深い結果は、コストに関する知見です。当初の予測では、接着剤を追加するコスト(増加)と、板厚減少による鋼材コストの削減(減少)が釣り合う「コスト中立点(Cost-neutral point)」が存在すると考えられていました。
【考察】接着剤100%使用でもコストが下がる理由
計算結果のグラフは、事前の予測を裏切るものでした。接着剤の使用率をどのパーセンテージに設定しても、「板厚ダウンによる鋼材コストの削減額」が「接着剤の追加コスト」を常に上回ったのです。
結果として、すべての接合部に接着剤を使用する「100%使用」の状態でさえ、ベースライン(接着剤なし)よりもBIWトータルの製造コストは低くなることが示されました。中でも、最大のコスト削減効果が得られるスイートスポットは「接着剤の使用率50%」の時点であることが確認されています。
赤い線が接着剤によるコスト増、緑の線が鋼材削減によるコスト減。青い線(トータルコスト)は常にマイナス域にあり、50%付近で最大効率を示しています。
まとめと今後の展望
SAICによる本スタディは、BIW設計における構造用接着剤の最適配置について、以下の重要な結論を導き出しました。
- 接着剤を配置すべき理想的な部位を可視化することに成功した。
- 接着剤の使用量と、それによるコスト・質量削減の相関関係を明確にした。
- 最大の材料コスト削減をもたらす最適量は「50%の接着剤配置」であり、これにより約10%の質量削減が可能となる。
一方で、発表者のBarry Curtis氏は最後に「これはあくまでベストケースの数値である」と注意を促しています。実際の車両開発では、製造上のさらなる制約や、今回考慮されていない動的荷重ケース、あるいは非線形領域での挙動が影響を及ぼすため、質量削減率は提示された数値よりも保守的なものになる可能性が高いと考えられます。
しかしながら、CAEを用いた最適化アプローチが、従来の経験に基づく設計を補完し、設計初期段階でコストと質量の最適解を導き出す有用なツールであることは間違いありません。接着剤の活用を含めた次世代のボディ設計において、シミュレーション主導の開発プロセスは不可欠なアプローチとなっています。
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この記事の監修・執筆チーム
GRM Consulting株式会社 解析エンジニアリング部
モータースポーツ最高峰のF1から量産車開発まで、20年以上にわたり構造設計・衝突・振動・流体解析に携わるスペシャリスト集団。 単なるシミュレーション結果の提示に留まらず、本記事のようなCAE最適化設計を活かした設計を得意とし、製造要件(鋳造・鍛造・押出成形・板金・CFRP)を考慮した「造れる設計」を提案しています。
- 主要ツール:LS-DYNA, Abaqus, Genesis, Nastran, OptiAssist, Simcenter 3D
- 専門領域:構造最適化、衝撃エネルギー吸収体最適化、CFRP複合材解析、衝突解析、CFD解析
